映画館特別上映で観てきました。
高校生時代に漫画を後輩に借りて読んだ以来久しぶりに触れる作品です。
舞台原作ということでいつか舞台で観たいな〜と常々思ってました。機会があってよかった。
▼大幅に足されている部分について
大体の流れを覚えていた原作から個々のパーソナリティの面(世間的にあまりよしとされない)の強調や、ゼラの人間性についてのプラスがあり、前者は大手を振ってヨシ!とできるものではありませんでしたが、後者は好みでした。
まず前者のところについて。光クラブメンバーの話。
光クラブのコミュニティ外での彼らの余白を感じさせることで逆にここでしか生きていけない!というクラブの非日常に縛り付けるような…。人質的に感じました。ままならない現実から逃げてきた先がグランギニョルって救いがないなあ。乗っけられたレール上仕方がないのですが、現代的ないじめが強く連想されるようなレッテルが貼られたので、どちらかというとやりきれないなあという気持ちになってしまいました。
残酷さを強調する意図だったのでしょうか。だとしたら現代世界観の上の生々しい残酷さの演出としては正しい。
この追加にすごく引っかかっているのはおそらくヤコブの「おれが何か言うとみんな笑うじゃん」というニュアンスの悲痛な叫び。原作では感じなかった彼のコンプレックスや苦痛を強く感じたこと由来なのかもしれません。
心置きなくめちゃくちゃになる厨二病男の子コミュニティというより、いま生き残るために寄りあったセーフエリアの男の子たちのささいな掛け違いからの崩壊に感じられてしまいました。
ゼラのバックボーンについては原作で言及がなかった気がするのですが、描き方は好みだったなあと思います。幼少期のゼラである博之くん、ほっぺたもふくふくの子役さんながら幼さと年齢からかけ離れた冷静さが同居していて本当にすごかった!加藤岳さんの方でしょうか?
確かにお母さんとしては異常に感じるだろうし、自分の感情をかしこい子どもに嘲笑われているだろうという劣等感を感じてるだろう、と説得力を感じてしまう演技力!でもいくつだったんだ、こんな内臓や四肢切断がある舞台に…。
原作のカリスマ性ゼラも良いですが、こちらの人間性が感じられるゼラもわたしは好きでした。なにより余罪が増えているところがいい。
お母さんを理解するための心理学も哲学も宗教学も、きっと図書館や立ち読みで得た、あの街の中で得られるものなんだろうなという想像が追いつくような生活感、閉塞感。背伸びした中学生の美しい男の子として解体されることはきっと耽美な残酷劇からは離れると思いますが、女の子の好みを語り合うようなワイワイした光クラブの印象には合っていた気がします。
▼舞台がすごい
上映で観ている身でしたが、舞台ってあんなにびちゃびちゃにしていいんだ!?と大変驚きました。
薔薇の処刑の水風呂がめちゃくちゃあふれている時点でオッ!と思ったのですが、前列の方々の足元が湿りそうなぐらいの水量でしたね。
血のりもまあまあ出るな~と見てましたが、これを昼夜公演でよくやるなあと思う水量でした。
加えて高さのある舞台!舞台である廃工場と常川くんの生活空間が混在する作りで、光のあてようによってゼラ/常川くんの境界の曖昧さを表現するの、よかったです。常川おかあさんも出るたびちょっと怖かったな。
▼美しい人たち
ジャイボ、雷蔵の美しいカテゴリーにいる子たちはずっと美しかったですね。
2人の死に様が演出の都合上マイルド、残酷になっても美しかった。すごいことですよ。(原作も美しいものこそ美しい部分が損なわれるべき!と言わんばかりの死に様も好きです)声のトーンも甘く高くて聞き取りやすかったです。きゃは!があまりにも自然な鳴き声?危険な音!という感じで、最初はきゃは!とは気づけなかったぐらい。彼の中では当たり前の仕草なのだろうけれど、演技くさくて非日常で怖かった。
▼デンタクが怖すぎる
見直してデンタクがしみじみと好きだ…と感じながら帰ってきました。マッドサイエンティストすぎる。
執拗に繰り返されるゼラの三権分立も無視してただの作り物に「自分は人間だ」とインプットする技術と倫理観のなさ、知的好奇心を満たす可能性のために人を害する選択をしてしまうところ、痺れました。
長生きしていたらイグ・ノーベル賞を取りそうでもあるし、かみ合わせによっては普通に大成しそうではある。たぶんセーフティひかりクラブという認識でなく、自分のやりたいことができる場所としてひかりクラブを選んだのだろうな、という感じ。
原作でもずっとマッドサイエンティストだったのでしょうが、高校生のわたしにはピンと来なかったのでしょう。
▼常川くんの描写
ウィキッドとはしごして見たのですが、親愛を持って勇気づけるために抱きしめる2人/1度でも(お母さんを初めとした女性に)愛を持って抱きしめられたかったゼラという並びになって面白かったです。
背中に手を回して相互の感情として抱きしめあえることの愛の描写、好きです。
この演出を足すことで本当にジャイボへの感情が遊び以下になってしまって最悪だなあとも思います。導入からあんなにねっとりイチャ描写をしていらしたのに…。
でも、カノンちゃんとしても光クラブのみんなとしても、「さみしくて抱きしめてほしい」人がリーダーだからと言って満たしてやる筋合いはないし、なんなんだポイントなのですが。
▼カノンちゃん
こちらも少し描写が足されていたカノンちゃん。
あまりにも美人さん過ぎておののきました。美少女ってどうしてこう髪が柔らかそうなんだ…?
お父様からの抑圧・箱入り…と性別さえ違えば今回演劇の光クラブの一員になっていたであろう描写。それでも求められてやってきたイヴであるからそれは叶わず地上に1人帰ることになるわけですが…。
重い扉をくぐって地上に消え、光クラブを閉じることで彼らを閉じる役割として血の通った女の子でよかったです。原作ってもっと美しくて別世界のツンとした理想の美少女の印象でしたが、演劇カノンちゃんはちゃんと触れられる範囲の美少女という印象。APP18じゃなくて17~16ぐらいで表現される美しさ。
まあご覧の通り思いもよらぬところに引っかかってはいますがみられてよかった~とは思っています。
声をそろえたドイツ語詠唱の圧が感じられるのは舞台だけ!!